公共図書館の存在意義に関する考察

図書館は世代によって使い方が大きく異なると思います。勉強の場としては

社会人前の主に学生時代、私達の世代は主に勉強のための場所として存在意義主だったと思います。まあ 社会人になってもですが、一人で勉強するとなると自分の部屋があってもつい読みたい本や漫画を読んでしまい、(うちの息子達の世代はノートブックやスマホでしょうが。。。)勉強にはなかなか集中できなかったのですが、図書館だと周りが勉強しているので人の目もあり逆に勉強に集中できたような気がします。まあ少数ですが、デートの場所としていた人もいましたが、(決して私ではありません!) 大半は真面目に勉強していたと思います。話は少し逸れますが、私はスタバが好きなのですが、日本でスタバにいくと結構!学生さんがコーヒーとケーキを食べながら勉強していたりしますが、香港のスタバでは学生が勉強している姿はあまり見かけないのはお国柄でしょうか?がっちり勉強でないときは スタバもある意味図書館のように勉強の場になりつつあると思います。また 深センでは本屋さんと珈琲店が一体化した店ができて、本を選びながらコーヒーが飲めます。つくばの図書館も確か?併設している珈琲店に本を持ち込めたと記憶しています。本とコーヒーは相性が良いのかもしれません。閑話休題 さて社会人になるとやはり資格試験や社内の昇格試験などの勉強で図書館にいく人も多いですが 社会人の図書利用の王道は? 調べ物だと思います。わけのわからない上司からプレゼンの資料作成を振られた若い社員が必死に調べている姿は初々しい感じです。または私以上の年配の方たちがライフワーク的に勉強されている姿も多いです。地方の図書館だと郷土史を調べていたりする人を多く見かけますね。こういった勉強の場の次に多い利用の仕方はクラブ活動や社会活動の場としての利用だと思います。図書館には小さな会議室やテーブルなどがある部屋を併設している図書館やセミナー会場を併設している図書館も多く市民の活動の場としての存在意義も大きいと思います。以前つくばに住んでいたときには駅前の図書館にはDVDの視聴室や書道展や絵画展などを開催できる場所もありそれまでの本だけが閲覧できるという場から進化した文化の熟成を司る場所のような感じの図書館でした。思い出すと 会社の近くの図書館は早稲田の近くにあるので 図書館というより学生のたまり場的な雰囲気でしたし 今はどうか知りませんが、乃木坂に会った区立図書館は本より漫画の方が充実していてアニメファンのような方たちが多かったような感じだったと記憶しています。更に記憶を紐解くと

巣鴨図書館は 予備校と巣鴨地蔵に近かったので年配の方と予備校生で席の取り合いをしていたような記憶があります。 そこまで思い出して 無理やり纏めにはいると公共図書館の存在は 公共である以上設置した地域のニーズにあった存在であるべきだという結論で締めたいと思います。